スピリチュアリズムとスピリティズムの違い

信仰は理解力の背後にあって働くものであります。ある1つの認識に至るためには必ずその個人の信仰に基づかなければなりません。信仰がなければ何一つ理解も認識も悟りもありません。

New ageが宗教であるのかという所以はここにあります。ただこの運動はスピリチュアリズムとスピリティズムの2つに分けて考えねばなりません。スピリチュアリズムは知識として捉えられますがスピリティズムは信仰と見ることができるからです。そのエビデンスとして、スピリチュアリズムは既存の宗教と分離しているからです。他方スピリティズムはそれと融合しているのです。スピリチュアリズム運動の多くは知識のままであることが多く情報に至っていないように見受けられるからです。霊媒者を通して与えられたメッセージが知識にとどまっているのかそれとも情報となっているのかと言うことです。単に知っていると言う事と理解していると言う事では大きな違いがありますから。

このことからしてスピリチュアリズムは独りよがりと言うことも出来、審神者が必要で既存の惑う多くの宗教者を救いに導く人たちではありません。他方スピリティズムにはこれが可能なのであります。別な言い方をすれば小乗仏教なのか大乗仏教なのかであります。自力本願も他力本願も片端であるからです。今から未来において必要な宗教(宇宙論)とは、自立本願者が他力本願者を寛容し教え気づかせ育て共に成長していくところに誠に兄弟姉妹としての絆が結ばれて融合し混然一体となって愛の結晶と化していくのであります。Unityの時代に入った今これが必要なのであります。

ただここに気をつけてほしいことは、依存と支配(利用し合う関係)ではないということです。発露としての自由意志がルーツとして備わっているのかです。これにより共存と共有(活かし合う関係)が自然なのです。自立本願者が支配し他力本願者を依存させているのではいけないのです。ネガティブ勢力の介入により宗教団体がこれに陥っていきます。

つまり自立本願者は他力本願者を、自立本願者となるべく成長させまた他力本願者は自らの信仰と努力によっていち早く自立本願へと成長しなければなりません。そして他力本願者は今は自立本願となって自らが成長を促されたごとく今度は他力本願者に対して同じように手を差し伸べて行くのであります。これが連鎖し循環(『先の者が後に、後の者が先に。』)して私たち人類は皆救われて行くのです。ここにスピリチュアリズムとスピリティズムの歴然とした違いが判明いたしました。

投稿者: アインソフ

冒険心旺盛な私です。なんでもやってみたがリヤ!このサイトも独学で立ち上げています。というか、実は資金難が本音。自分ではベストを尽くしていますが、果たして評価はいかに?

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